職人の星 第一回 言霊マーケッター 中野貴史 氏(全3話)

2008年。独立当初、自分のこれからについて悩んだ僕が、

先輩方にインタビューしてまわった記録です☆

今、まさに迷っておられる誰かのお役に立てればと
過去のアメブロから掘り起こしてアップさせて頂きました。

第1話

経営理念は「イキイキ、ワクワク生きよやないか!」

ソウルプロダクツ 代表
言霊マーケッター 中野貴史さん


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大阪から上京後、カネもコネもない状態で独立し、オリジナル商品である
「しゃべる名刺 言霊名刺」を開発。


セミナー・営業コンサル・本の執筆と、幅広くご活躍されている中野さんに、
「イキイキと人に喜ばれる仕事」にたどり着くまでの経緯をうかがいました。
現在42歳のブレない大人、中野さんの生き様をご覧ください!
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☆「言霊」=「本気の心」

:言霊マーケッターっていう肩書きなんですけど、
 珍しいっていうか、他にいないですよね!?
 なぜ「言霊」なんですか?


サラリーマン当時はデザインコンペが多かったんです。
そこでプレゼンテーションするわけですが、心の込め方に比例して企画が通っていたので
「これは何か理由があるなぁ」と薄々思っていました。

そのうち部下のデザインを見ても、本人が納得して持ってきた物か
迷って持ってきた物かわかるようになったんですよね。
本人が、本気で納得しているものは気持ちが入っているので、分かってしまうんです。

商売でも同じ事で、本気の心を言葉にすると一部の人に強烈に響く。
僕はそれを「言霊」の定義にしています。
そして、その部分を大切にしているのが言霊マーケティングです。


:言霊名刺について教えてください!


僕のオリジナル商品の言霊名刺はですね。まず、「名刺」という名前がついてますけど、
パラパラパラっと、8面構成になってるんです。↓

普通の名刺と形が違うっていうだけじゃなく、大きく分けて4面ずつの
二部構成になっとるんですわ。

まず、表は自分自身のアピールについて。
裏の4面は自分がやっているビジネスについて書いてあります。
で、さらに細かく言うと、表の2面には自分が生きてきた歴史、
生き様がミニストーリーになって入ってるんですよ。

これ ↑ をマイ浪花節って名付けたんですけど、
どういう環境のもとに産まれ育って、
どんな経験をして今の仕事や自分に至っているのか、
自分自身の本来の姿を知ってもらうためのミニストーリーなんです。

なぜ、ストーリー仕立てになっているかというと
その方が人に伝わりやすいんですね。

僕にはちっちゃい子供がいるんですけれど、
なんで人に挨拶せなあかんか、という事を
オリジナルストーリーにして聞かせると、これまたえらい響くんですわ。
次の日からちゃんと挨拶するようになったんです。
子供は単純やから特に響くんです。

言霊名刺は、

 自分が何者なのか。

 どんなお客さんに対して、自分がどんな貢献ができるのか
 扱っている商品は同業他社とはどう違うのか。

この辺が明確になっていないと作れないんですよ。

それを全部盛り込もうと思ったら8面いるんです。
色々やってみましたけど、多くても少なくてもだめ。
少なすぎたら情報量足らんし、多すぎるとうっとおしい。
これがちょうどいいさじ加減なんです。


:どんな人が買っていかれるんですか?


それは、ちょっと前の僕みたいに
独立したのはいいけれど、

 「あれ? 仕事とるの大変だ。ブランディングいるぞ、
マーケティングいるぞ!」

という人のために、名刺を渡すだけで自分のことを分かってもらって、
楽に営業するため、・・・もっと言えば営業しなくても仕事が
舞い込んでくるという営業ツールとして作ったんです。

しかも名刺を作る段階でブランディングは完成しています!!


:どちらかというと、名刺が出来るまでの
 プロセスに重きが置かれているのですね。


プロセスは超大事ですよ。
まったくオリジナルのものを作るのは大変です。
その次はできたものを売っていかないといけないから
また大変です。だれもそのオリジナル商品の存在を知らないから。
「認知されていないものを認知してもらう」ことが大変ですよね。
本を出したことによって、少しは認知度はあがってきましたけれど、
さらに上げていったりと、まだまだ段階はありますね。
でも、一時期から思えばいい環境になってきました。


:元々はグラフィックデザイナーという中野氏
 デザインの道に進んだきっかけは?


絵を描いたり工作をしたりする事が好きだったので、
中学の頃から漠然とそう言う事を仕事にしたいなぁ・・・と。
デザイナーという言葉はよく分かってなかったので、
最初はイラストレーターになろうと思ってました。

そこそこ成績は良かったんですけど、勉強にはまったく興味ないし、
それを高校・大学と、続ける気はゼロでしたね。
僕は野球部でしたが、だからと言ってスポーツの世界では
絶対勝たれへんと思ってましたよ。

一等賞とるために一番位置が近いのはどこかな?と思ったときに
浮かんだのは芸術系の世界でしたね。
芸術系なら学校ではトップクラスやし、
この分野なら多少しんどい事でもガマンできるんじゃないかと思って、
大阪に一校しかない芸術系の高校に入ったんです。


:すごく早いうちから将来設計してたんですね。


僕の中学校からそこに進学したのは僕だけでしたね。
一人ぼっちで行きました。


:就職も計画的だったんですか?


当時はすごく景気が良くて、就職活動に誰も困らない時代でした。
でも、厳しい野球部生活から解放された反動で、高校ではやんちゃだったし、
専門教科以外はガタガタだったので、
みんな大きい会社に入ってたけど、就職先はあんまりなかったですね。


:バシッとしてた人生設計が・・・


でも、一応好きな分野で仕事にはつけたんですよ。
ただ、どうしようもない町工場だったので、
入社したその日に「一年後にやめよう!」と、先に決めてました。
それで、予定通り一年後にやめて。
次はPOPの会社で絵を書いてました。イラストレーターですね。
その次に入った会社で、やっとグラフィックの仕事ですよ!

 

第2話

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高校進学から芸術系への道を決めていた中野さん。
ようやく就いたグラフィックの仕事場で待っていた事は・・・
そして、どのような20代を送っていたのか・・・、第二話の始まりです!!
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:始めて就いたグラフィックのお仕事はいかがでしたか?



入ったのは印刷会社のデザイン部でした。
当時はMacもない時代でしたね。

結局その印刷会社は体がきつくて・・
百数十時間も残業の末、血便血尿、円形脱毛症とか、身も心もボロボロになってやめたんですよ。
その頃にアメリカ放浪に憧れて、お金を貯めるためにしばらくフリーターをしてましたね。
短期のバイトを入れたら30種類くらいの仕事をしました。


:デザインとはまったく関係ないんですか?


まったく関係ないです。
酒屋のビールかつぎから、トラックの運ちゃんとか、
金属製品の溶接工場とか、いっぱいやりましたよ。
アメリカ行きの費用を稼ぐ為には必要だったんです。
当時のデザイン会社は死ぬほど働いても手取り10万円だったから、
稼ぎはバイトの方が全然いいんですよ。28歳まで、バイト生活をしてましたね。

でも、軸はデザインだと思ってましたよ!


:意外とウロウロした20代だったんですね。


ウロウロしまくりです。
転職も3~4回して、その間はバイトでうめてましたしね!
とにかく、人生を模索しまくりでした。
なんやかんや言うても、最後はデザインに戻ってきてましたよ。

でも、戻ってくんねんけど、このままでは嫌やなと思ってました・・・。
30歳ぐらいの頃には、カッコイイデザインをすることに、興味がなくなっていましたし、
グラフィックデザイナーって、有名な人は別として社会的地位が低いと思ったんですよ。
あんまり期待されてないし、流れ作業のごく一部としか思われてないんじゃないかと。


:早く安くできて当たり前みたいな?


そやなあ。それが、一番面白くなかった!!
そうするとだんだん、自分の力で結果が出たという方に興味が出てきますよ。

「中野さんのおかげで」って言われる仕事したいなぁって、
そっちの欲求がおっきくなってくるもんね。
20代は「かっこいいデザインやねぇ」って言われることばっかり目指してましたけど。

でも、それはちゃうなと。そんなん面白くないなと・・・。
はっきり言って、そこそこかっこいいデザインなんか、めっちゃ簡単やし、
それすらでけへんで、デザイナーどうすんねんって・・・。プロとして最低限ですよね。
それを意識しだしてから、経営・心理学・マーケティングへの意識が
だんだん芽生えてきたましたね。


:ちょっとずつ勉強し始めたんですね?


そやね。
それで30代の時に就職したのが、社員が250人位いる、ある程度の組織でした。
30代やからある程度部署も任されたりするわけですよ。
そうすると、デザインだけやってるわけにはいかんようになってくるよね。
組織の勉強みたいなのも、させられるようになった事も原因のひとつです。


:大きな組織もよかったんですね。


めちゃめちゃよかったです。
もともと最後の就職は、「一回くらい大きい組織を経験してみたいなぁ」
と思って探してましたからね。


:もう、サラリーマンは最後って決めてたんですか?


そうです。
しかも、10年で辞めるって決めてました。
10年後、独立してなかったら失敗やと思ってましたよ。


:独立のきっかけを聞かせてもらえますか?


なぜか営業職として東京に転勤して来たんやけど、なかなか結果が出なかった。
どうしたら結果が出るかなぁと考えて、
コンサル系のアプローチから入りたいな、と思ったんです。
それで、こういう営業したいんですけどって社長に言ったら
「イヤ、そんなんうちの会社できません」と。
せっかく見つけたやりたい事が出来ないんだったら
この会社におっても意味がないと思って、突然やめたんです。


:言霊名刺を始めてどのくらいたちますか?
  独立してすぐにできちゃったんですか?


いいえ、
完成したのは独立して一年目、社会に出て20年目です。
それだけかかってるんですよ!

独立当初は下請け仕事をやってましたね。
独立したら自由があると思うじゃないですか。
だけど、独立しても下請け仕事だけやってたら、めちゃくちゃ不自由なんですよね。
ホンマに、サラリーマン時代の比じゃない。
時間はムチャクチャやし、とんでもなく値切られるし、
ヘタしたら、お金入ってけぇへんかったりするし、
これでは最悪や、と思って全部の下請けをやめたんです。


:え! 一気に?


徐々に減ってはきてたんやけど、残ってたやつ全て切りましたね。
怖かったでー(笑)。
貯金がつきるまでがタイムリミット。
そこからファミレスに朝から晩までこもって、
どうしたらエエんかなって考えまくりました。
自分自身の棚卸しの結果、今あるものを全て掛け合わせて
ようやく完成したわけです!!

社会に出る前の学生さんとか、
社会に出たばかりでどうしたらいいか
分からない人は、
20年待ってください。
20年もすれば答えでます!!(笑)



:僕、今32歳なんですけど、10年じゃ足りないっすか?


僕はそうでしたね。
なんとなくこうなりたい、というのはあったけど、
どうなったらそうなれるかは、さっぱり分からんかった。

最初の10年は、なんか意味のない自信でつっぱしりながら、
あれ? やっぱり無理やみたいな。挫折を味わいつつ。
じゃあ、どおすんのよって、10年目の終わりのころはモンモンですわ。
現実をたたきつけられる10年間です。
その10年を超えたところは、不安との戦いです。

なんとかせなあかんと。このままじゃやばい。

10年目以降は、さぁどうする!と、模索が始まりましたね。
その頃に転職したり、放浪の旅に出かけたりとか
みなさん迷った時の定番のパターンですよね。

でも、見つかるわけないんすよ。
なんで見つからないかというと、

そんな答えが外部環境なんかにあるわけないんですわ。

答えはインドになんか落ちてませんよ。
アラスカのオーロラの下になんかも落ちてません。
キレイかもしんないですけどね(笑)。

僕の場合はアメリカの砂漠地帯に行きました。
別に答えは見つかりませんでしたけど、
あんまりしゃべれないから、不自由しながら一ヶ月ぶらぶらしてたんです。
その時に、言葉さえしゃべれれば・・・、コミュニケーションがとれれば、
なんでもできるじゃないの!? とはチラっと思いました。
「言葉通じへんのって、不便やなあー」
というのが一番の感想でしたね。


:その時の想いが、言霊名刺につながっていくんですねぇ。


まあ、完成は、その10年後ですけど。
なんとなくのヒントはその時あったんですね。
神様がヒントのためにポイっとなげてくれたんじゃないですか?
長い回り道でしたよ。

 

第3話

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言霊マーケッター 中野さんのインタビューも、いよいよ最終回です。
今回は、30代のモヤモヤしているクリエイターに向けて、
今後、デザイナーに役立つスキルと、心のあり方について伺います!!
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:今後身につけておくと良い、
 現在、一番役に立っているスキルはなんですか?


それは・・・、人の話を聞くスキルです!!
まさに今あなたが苦労しているコレです(笑)。
これができたら楽ですね。


:元々聞くのは、得意な事だったんですか?


社会に出た頃、20代はモチロンへたくそでしたね。
なんかいつの間にか得意になってましたけど。

得意だっていう意識もなかったですよ。
でも、ちょこちょこ人に言われてた事があるんですよ。
「こんな事、人にしゃべったん始めてやな」とか。
そういう事言われるな、というのはなんとなく気づいてました。
仕事が関係ないところでもね。
しゃべってたらいつの間にか、相手が深刻な話し始めてるとか。

さらに、心理カウンセリングの学校に行き始めてからは
もう体系立てたスキルとして学んでるから、
間違いなく磨きがかかってきだしましたね。
今は、ほとんど意識せずにできます。

それとやっぱり、20年間やってきているデザインのスキルは役に立ちますよ!
ややこしい話をまとめて形にしていく作業は常にやってますからね。


:ちなみに、聞くスキルは誰でも身に付きますか?


勉強すれば絶対にできます。

でも、技術だけでやろうと思わんとして欲しいですね。
まずは、マインドが大事です。

なぜって、ものすごい悪いやつが、最終的には「だましたろ」と思って
聞く技術を駆使する事も可能なんですわ。

そうじゃなくて、
ホンマに聞く相手に興味を持って、
愛情を持って聞いて欲しい。
まずは自分のマインドをセットして欲しいですね。

その上で「スキル」を使って欲しいんです。
聞き方がヘタクソでも「一生懸命聞いてんねんな」ということがわかれば、
相手も一生懸命伝えようとするじゃないですか。
気持ちがなくて、技術だけで聞いていることがばれると、一瞬で冷めてまうからね。
心理学なんて、今どき結構みんな知ってるし。
上っ面だけで聞いてるとシラーってなりますよ。

とにかく、勉強すんのんはエエけど、技術だけに頼らないで欲しいですね。


:不器用でも一生懸命な方が伝わるってことですか。


逆に言えば、そんな知識まったくなくても
聞き上手なヤツって世の中にいっぱいいると思いますよ。
アメリカへ行ったときに、現地の人や世界中のバックパッカーと一番仲良かったヤツは、
なんと、一番英語がしゃべられへんヤツやったんですわ。
間違ってても一生懸命話しかけてるし、
陽気さやちょっとした気遣いで、そいつが一番友達多かったですね。


:なるほど、スキルというより気持ちですか。


はい、気持ちですよ。
技術じゃないっす。
技術を覚えることが目的になってないか、キミ?って感じですね。
TOEC900点以上とってて外人の前だとしゃべれない人もいるみたいですよ。
TOEC900点取るのが目的か?ってことですね。
違うはずです。


:やっぱり気持ちですね!


気持ちです。職人に大事なんは気持ちです!!
技術はあってあたりまえ。
バカじゃないのこの人?っていわれるくらい本気度がある人が
一流なんじゃないですかね?
技術の努力は最低限の切符みたいなもんです!
そっから上に行けるかは、マインドを持ってるかどうかで決まりますよ。
両方大事なんですよ。どっちも抜けたらあかんのです。


:30代のモヤモヤした職人にアドバイスをお願いしたいのですが。


僕らの仕事はいきなり儲かる仕事じゃないやん?
ヘタしたら一生儲からんやん?
それでも好きやし、やってるっていうような人等でしょ?

できたらある程度豊かになって、幸せになってほしい感じやけど、
とにかく時間がかかりますよ。僕らの職人仕事は・・・。

でもそれって、絶対やろ?
人間国宝に一年でなったっていう人は、まずおらんわけやから。
まず時間がかかるっていうのは思っておいて欲しいです。

表面的なもんとか、技術的なもんは20代で徹底的にやったらエエんちゃうかな?
あんまり収入とか気にせんと。

30代からはその技術使ってマインドの方を磨いて行ったらいいんじゃないですかね。
人とのかかわりとか。親への感謝とか。
結婚する人もその辺からは増えてくるやろし、奥さんや子供とか身近な人を通じて、
人間本来の心の勉強みたいなんを、していったらいいんじゃないですかね。

で、完全オリジナルの形をつけようと思ったら40代でいいんじゃないの?
僕の場合はそんなペースになってます。
それぐらいでいいんじゃないですか?
あせるけどね。


:年を取るごとに新しい世界が見えてくるんですか?


20、30代をそういう生き方してたら見えてくるんだと思いますよ。
とりあえず、ボーっとしていい時期っていうのはないんです。
疲れたときは、合間合間にボーっとしててもいいんですけど。

今は、言霊名刺やったり、言霊名刺を作るプロセスをセミナーにしたり、
コンサルやったり社員研修やったりしてますけど、
最終的には、全国を旅しながら、小さい規模で
心の教育みたいなんをやって行きたいと思ってます。
最終的には、心を元気にする事だけをやっていきたいですね。
それまでにちゃんと儲けておかないと!

芸術系の仕事を目指して、20代はデザインの技術、30代はマーケティングの勉強をして、
40代でオリジナルができました。
50代からは、なぜかしらんけど教育がやりたい。
心を元気にする事をメインにしていきたいですね。


:次の10年後もきっと思った通りになるんでしょうね。


絶対になります。
その感は、外れた事ないんですわ(笑)。

:今まで培ってきたモノを、次の世代へ継承する。
 職人にとって大事な事だと感じました。
 モヤモヤしていた時期も、常に前へ進もうとしてきた
 中野さんの生き様が、今のブレない大人の姿につながっているんだと思いました。

 このインタビューが少しでも皆さんのお役に立てればうれしいです。
 中野さん、お忙しい中お付き合いありがとうございました!!